スーパーカブで日本一周

  523日間に渡ったスーパーカブ90での日本一周の記録、およびその後日談を語ります。

あの日、旅空の下で   24.大東島紀行⑤

「なんだこれは…」
目の前に広がる光景は、まさに想像を絶するものだった。
迫り来る島影を前に、私は甲板に立ち尽くしてしまった。

島は珊瑚の死骸の塊。周囲はすべて珊瑚の断崖絶壁で覆われている…もともと大東島の地理的な特徴にもっとも興味を惹かれてこの島を訪ねた。だから書籍で、ネットで、事前にある程度の勉強はしてきた。だが大東島に関する情報は余りにも少なかった。
黒に近い濃い灰色の、ゴツゴツと荒々しく歪な、不気味な、醜いと言っても言い過ぎではなかった。そんな、紛れもなく人の上陸を拒むような絶壁に島の周囲は本当にすべて覆われていた。高いところでは数十mにもなる。珊瑚の死骸の断崖絶壁、そんな言葉から目一杯想像力を膨らませてみたって、まさかこれは想像できなかった。明治時代、初めてこの島に上陸した人達は一体どうやってこの絶壁にとり付いたのだろうか、私には見当もつかなかった。

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目を覚ました時、すでに北大東島の島影は間近まで迫っていた。とにかく船は揺れると聞かされていた。その通りに、那覇は泊港を出るか出ないかのうちに揺れ始めた。これは沖縄本島の南を回って本格的に外洋へ出たらこんなものじゃ済まされないだろう。喜屋武岬や久高島を確認したかったのだがそんな事も言っていられない。私は早々にベッドに横になり、ほどなく眠ってしまった。
一度目を覚ました時、夜の8時頃だった。昼前に軽く食べただけなので腹が減っている。船はかなり揺れていた。狭い船内の壁に手をつきながらトイレへ行き、その後弁当と泡盛を持って談話室へ行った。談話室といっても十人も入れないほどの狭いもので、一応テレビが置いてあったがすでに画像も音声も乱れていた。大東島は沖縄県でありながら、テレビ放送は東京の電波を受信しているらしい。このテレビの画面もじきに何も映らなくなってしまうだろう。
談話室は七人ほどの人がいたが、それでもう一杯だった。もちろん男ばかりだ。禁煙などではないので、煙草の煙が嫌いな私には居心地が悪い。泡盛を一杯飲み、手早く弁当を広げた。弁当は那覇のマックスバリュで買ったもの、泡盛も同じくマックスバリュで買った、予め割ってあるワンカップ風の粗末なものだった。船の中にはもちろん売店などなければ、ビールの自販機もない。これは事前に大東海運で確認していたことだった。だからこの日はビールを飲むのはあきらめ、ワンカップ泡盛を買って乗り込んだ。

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船は小さく、漁船に毛の生えたような大きさだった。それが泊港の一番端っこ、もっとも外海に近いところからひっそりと発着していた。
泊港の巨大ビル「とまりん」の三階には、誰でも自由に出入りできるベランダがあり、椅子も置かれていた。そこから港の全容を実にいい具合に見下ろすことが出来る。泊港はぐるりとコの字になっていて、そこをやや上から見下ろすのはまるでスタジアムで観戦しているような気分だった。そこへ久米島や慶良間、渡嘉敷など、様々な離島を結ぶ船が入れ替わり立ち代り出入りする様はまさに劇場のようで、ぼーっと眺めていても飽きない。何をするともなくここへやって来てゲストハウスの長期滞在仲間とお喋りしたり、または一人でやって来て本を読むのは那覇に滞在しているなかでも特に楽しい時間だった。
久米島行きのフェリーなどは結構大きく、到着すると港は一時の喧騒に包まれる。人や荷物を吐き出し、一通り落ち着いたところでその大きな船が洗われる作業などを昼下がりに見ているのは楽しかった。
そんな様々なフェリーが港に入ってくると、大東島行きの小さな船は陰になって見えなくなってしまった。そして久米島や慶良間諸島へ行く船が毎日のように出入りしているのに対して、フェリーだいとうはひとたびその姿が無くなると何日も帰って来なかった。
だが私はそんなフェリーだいとうに最も存在感を感じていた。他の航路のフェリーよりも二回りも小さなこの船が、どの航路よりも遥かに遠い絶海の孤島へ向けて外洋の荒波を越えてゆくのだ。船が大東島から無事に戻って来ているのを見るとなんだかほっとした。
いよいよ自分が乗船する日がやって来て、私の心はわくわくするような好奇心と冒険心で満たされてきた。だが、揺れる船の中で泡盛と弁当を素早く平らげると私はまたすぐにベッドに潜り込んでしまった。携帯の電波も通じないし他にやる事も無い。何よりそうしないと船酔いしてしまう。

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ぐっすり眠って起きた時にはすでに北大東島は間近にあった。船に酔うこともなかったし暇を持て余すことにもならずよかったのだが、願わくばもう少し早く起きて島影が少しずつ見えてくるところを楽しみたかった。
だがそんな事を悔やむ間もなく上陸準備が始まろうとしていた。甲板ではしっかりと柵を握っていないと振り落とされてしまうくらい船は横揺れしている。断崖絶壁を無理矢理削り取った、まるで空母の甲板のような港が待ち構える。その中央に鎮座するのは巨大なクレーンだ。こんなにも大きなクレーンがあるのか、と見上げるような高さである。他にも港には大勢の作業員、そして小型の誘導船がワイヤーで吊るされて海へ下ろされようとしていた。とにかく全体の雰囲気が物々しい。
いよいよ大東島名物のクレーン上陸が始まろうとしていた。
(つづく)





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Author:ビート★
2009年5月10日、住んでいた部屋を引き払い、250ccのバイクも売り飛ばしてスーパーカブ90で日本一周の旅に出発しました。
道の駅や公園、海辺でテント泊して節約した金を全国の居酒屋巡りと日々のビール代に注ぎ込みつつ、全国を行脚して12月に沖縄に上陸。父親の急病による一時帰郷などを経て、2010年8月3日、念願の日本最西端・与那国島西崎に到達。再び鹿児島からの自走で北上し、2010年10月14日、523日目にして日本一周の旅を完結しました!

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